そして僕は途方にくれた

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汽車旅は楽しい。 沿線風景はクルマでの移動に比べ田園や自然景観に富んでいるうえに、高い位置から楽しむことができる。
クルマばかり目に入るクルマ旅にj対し、人や生活を見ることが出来るのが列車だとも言える。
しかし何よりの魅力は、車内で隣り合わせ・向かい合せの人々との交流を楽しめることだろう。
こんな汽車旅の楽しさはスリランカでも例外ではなく、
この日も僕は宿へのチェックインを済ませると、カメラをタオルと水と小銭を持って駅に向かった。
この時は、あとで降りかかってくる災難のことなど知るすべもなかった。

いつものように車窓から眺めて、歩いて楽しそうな町の駅に降り立った僕は、
帰りの列車で待たされるのを避けるため、駅員(長?)に尋ねた。

「フォート(コロンボの中心駅)に戻る列車の時間を教えてください」

人の良さそうな駅員は脇にあった時刻表のプレートを指差しながら、
「 今日はあと、これとこれとこの列車だ」と優しく教えてくれた。
最終列車の時刻を確かめてもうこれで準備は万全。僕はホームから降りるといつものように線路沿いに歩き始めた。
撮影は快調、人々との会話も楽しく、時の経つのも忘れそうだった。

日が暮れてきた。帰りの列車に乗り遅れると厄介なので心残りながらカメラをリュックに詰め込み、駅に戻った。
最終列車までまだ10分ほどあったので近くでスナック菓子など買って食べる。

時刻表に記された時間ぴったりに、機関車の警笛とともに列車がホームに入ってきた。
ずいぶん正確だなぁと感心しながら歩を進め、まだ走っている列車に近づいてゆく。
一両、二両、と目の前を客車が通り過ぎる。七両、八両・・・。なかなか速度を落とさない列車。
ずいぶん長いんだなぁ、と思っているうちに最後尾の客車が近づいてくる。
あれぇ! と思う間もなく全てが通り過ぎ、ガタンゴトンという音とともにフォートに向かって去ってしまった。

しばし呆然・・・

懸命に頭を働かす。そして光を得た。そう、こんな事この辺の国じゃよくあることだ。大幅に遅れがでているんだな。
気を取り直して駅員のもとへ。

僕 「フォート行きの列車はあとどのくらいで到着ですか?」
駅  「今日はもう無いよ」
僕 「でも、時刻表のこの最終列車がまだのはずだけど」
駅 「そんなことはない。たったいま来ただろう」
僕 「 あれは急行だ。この列車じゃない」
駅 ボードを指差し、「いや、さっきの急行がこの最終だ」

やられた! 一度は立ち直った僕だったが今度は谷底に突き落とされた。
この時刻表は、お客が列車の時間を調べるためのものじゃない。駅員の「仕事」の時間を知らせるためのものだったのだ。
それじゃなければ列車の写真を撮る「鉄っちゃん(鉄道マニア)」のためか?(いやいやスリランカにはそうはおるまい・・・)

とにかく僕はもう夕暮れを過ぎ夜の始まった見知らぬ田舎町に取り残された。どうやって帰るんだ。
駅の近くにはクルマが通るような道さえ見当たらない。線路が闇に伸びるだけだ。
仕方がない、僕は線路の上を闇に向かって歩き出した。
ついさっきまで沿線に人があふれ、こどももたくさん居たというのに今は別世界の静寂である。人っ子一人いない。
少しスラムっぽさが漂う町である。夜になるととたんに怖い。
敷石に足をとられると捻挫しそうなので、まくら木の上を歩く。歩幅と合わずとても疲れる。
時折線路際に佇む男が居る。昼間のように陽気に声をかけてはくれない。だまって僕のことを見ているだけだ。
これもかなり怖い。 泣きたいくらいだ。

30分も歩いたろうか。クルマ通りが見えてきた。ホッとした。
大げさに言えば「助かった」。と思った。クルマは「街」のにおいがする。
タクシーを拾うのに、やはり30分はかかったが、なんとか宿にたどり着けた。

特別に気持ちいいこの日のフロにつかりながら、
「スリランカの人とすっかりお友達」などと浮かれ自惚れていた我が身を反省した。