インドの公衆電話と靴磨き
なぜ彼は帰国が遅れたのか
青年海外協力隊では、
任国外旅行といって2年間の任期中に、
任国の近隣の国へ3週間までの研修目的の旅行ができる制度がある。
たとえば、僕のような「モルディブ隊員」の場合、
タイ、シンガポール、バングラデシュ、スリランカ、インドへの渡航が認められており、
公用パスポートにも、それらの国のみ渡航可能と記されていた。
その任国外旅行の行き先としては、隊員の思惑によって、、
少し羽をのばしたい「タイ・シンガポール派」と、
せっかくなのでと、勢いつけてよりワイルドに 「インド・バングラ派」と、
おおまかには2種類に分かれていたように思う。
モルディブの先輩隊員、陸上ナショナルチーム・コーチの小川さんは
任国外旅行でインド・バングラデシュを選んでいた。
僕も、きっとその辺に行くだろうと思っていたので土産話を楽しみにしていたのだが・・・。
帰国予定日になっても小川さんは帰ってこないばかりか連絡すらない。
バングラデシュは協力隊事務所もあり、出国の確認がとれていたのだが、
最後のインドは隊員もおらず、「混沌大国インド」なので、モルディブ側からは探しようがない状態。
とにかく生真面目で、礼儀正しい小川さんが、
帰国が遅れるなんていう「大事」を連絡してこないはずがないと、事務所も隊員も騒ぎ出した。
治安は決してよいとは言えず、誘拐、暴漢、もしやテロ? 心配は膨らむ一方である。
しかし真実はというと・・・。
確か、 予定日より2日ほど経っていたと思う。彼はひょっこり帰ってきた。
そして「まいったぁ」という顔で隊員達の前に現れた。
飛行機だったか列車だったか忘れたが、交通事情の悪さが原因で予定通りに帰国できなくなったそうだ。
でも、そこまでなら極めてありがちな話だし、じゃ、なんで、連絡くれなかったの?
いや、やはり礼儀正しい小川さんは連絡を試みていたのだ。
公衆電話から連絡しようと長い列の後ろにつく。2縲怩R時間は待たされた。
やっと自分の番、控えたモルディブ事務所の番号をダイヤル。
話し中・・・。
いや、そうではないのだ。
回線が「細い」のか、電話線がネズミにでもかじられているのか、
国際電話はとにかくつながりにくいのだ。
僕にもこんな経験がある。
後日、モルディブからバングラデシュへ旅行する前、
お世話になる隊員に連絡をとろうと電話をかけるのだが、何回かけてもつながらない。
音としては話し中だが、そうではなくて、ただつながらないのだ。
電話にはりついて何回もダイヤルする僕に先輩隊員が教えてくれた。
ああいう国に急ぎの連絡をするときは、とりあえず最初に「手紙」を書くものだよ・・・。
インドの公衆電話で苦闘する小川さんの話に戻る。
つながらないので、もう一度ダイヤルし直そうと、受話器を置いて再び持ち上げると
後ろから肩を叩かれた。
次の順番の男だ。
「もう、一度使っただろう。また後ろに並べ!」
まじめな小川さんは、言われるまま再び最後尾に。
また2時間待ち、祈る気持ちでダイヤルするもまたも無情の「話し中」。それでも、もう一度並んだそうだ。
さすが小川さん、おそるべしインド。
したたかな少年のお話
もうひとつ小川さんのインド土産話。
どこの町での話だったか、小川さんは、この町で何をしようか、何があるかなと、辺りを見回し佇んでいた。
すぐに少年が声をかけてきた。
「おじさん、靴磨いていきなよ」。
靴っていったって、これスニーカよ、磨けないでしょ、なんて言っても、もちろん引き下がらない。
少年、ずっと喋り続けてる。これじゃ、うるさくてちっとも考えがまとまらない。
仕方がないと、無視を決め込んだ。別に用もないけど遠くの方の店なんか眺めてるフリをしていた。
ベチョッ。
いやーな感触が足元に。おそるおそる見ると、べっとりと牛糞をかぶっている。
気が遠くなりそうななか、少年の声でわれに返った。
「おじさん、ほら、靴汚れてるよ。ねぇ、磨いていきなよ」
(もう君には参りました。)
小川さん、少年を怒ることはせずに、靴を洗う水を探しに、その場を立ち去ったのだった。