戸邊秀治さん(2008.2.17更新)

戸邊さんについては伝えたいことが多すぎるので、これまでに僕が原稿としてまとめた文章、
それと戸邊さん自身が発信する言葉を載せてみたいと思います。
自然育児友の会会報2007.2月号 「自然派保育園撮影記(番外編)/文・橋本和典」を引用
「我が息子達は今の(普通の)保育園で大丈夫なんだろうか?」。元気印の保育園で泥んこでニコニコで瞳キラキラの子どもを撮影しながら、時々こんな思いにかられていた。「我が息子達はこんなに身体能力高くないし、モジモジして挨拶できなかったりするし、順調に育っていると言えるのかしら?」。そんな折、わらしこ保育園の稲刈り合宿で訪れた新潟県の松之山で、無農薬・機械なしでメチャクチャに美味しい米を作っている戸邊秀治さんに出会った。僕より年上で風貌はすこぶる良し(あくまでも僕の基準によるものですが)、穏やかで優しい方だ。誘われるまま、昨年3月に長男遊大と数日お宅に泊まらせていただいた。日本一であろう、ピーク時5m超という雪壁には驚いたが、それ以上の感心、感動、感激の連続だった。戸邊家は5人の子だくさんだ。長男誠さんは東京在住で20歳ながらプロ四段の将棋棋士、遊大と子どもごころ全開で遊んでくれ、かまくら作りや薪割り・餅つきで尊敬の眼差しを得た二拡君は、中学卒業後横浜の料理学校に通い16歳の春からの就職が決まったそうだ。達輝くん14歳、康治くん10歳、いつみちゃん6歳はみんな明るく利発活発、身体能力抜群で二階建ての屋根から雪に飛び降りるなど遊びは豪快。この辺は学生時代にレスリング経験をもつお父さんの影響大か。冬に雪に覆われてしまうためもあるそうだが、家の中にはレスリング、体操はおろか、野球のバットで思い切り打っても大丈夫なマットルームがある。薪ストーブなのでお兄ちゃんは斧でスパーンと薪を割り、料理も子どもたちが見事な分業で七輪など使いながら準備。とにかく良く働く子達だ。ごっこじゃない、本当の仕事を能力に応じて任され、責任を持って遂げていく。そして一番に「出来る」お父さんは名実ともに大黒柱として尊敬されている。理屈ぬきの一目瞭然、実践する者は力強いのだ。基本の基本、そのまた基本。どの保育園とか他人をあてにする前に、まずは自分を作れということだ。帰宅前日、遊大、涙の言葉が忘れられない。「こんなところで100万年も暮らしたい!」

自然育児友の会会報2007.6月号 「戸邊さんに学びたい! 其の一・ご縁がきっかけで・・・/文・橋本和典」を引用
前号まで7回、自然派保育園撮影記を連載してきて、今号からは「戸邊さんに学びたい!」。子育ちを考える場として、ここ2~3年元気印の保育園を訪れていたのだが、すでに2月号で番外編として取り上げたように、最近は、僕にとっても“育ち中”の四人坊主にとっても新潟県十日町市は松之山の自然栽培米作り農家・戸邊秀治さんファミリーの暮らしぶりが憧れのようになっており、だったらここは一極集中でいくか、と思い立ったわけだ。ご縁を感じる出会いでもあった。一昨年、東京のわらしこ保育園の稲刈り合宿で松之山を訪れた際、たまたま紹介された僕に対して「こんな幼稚園も撮影したらおもしろいんじゃない?」と戸邊さんが差し出したのは、トトロ幼稚舎の園児が表紙の友の会会報。「あ、これ撮ったの僕なんですよ!」「えーっ!」。このあたりから話はトントンで、「子どもも一緒に遊びに来てもいいですよ」「えっ、僕ホントにきちゃいますよ」と昨年3月に長男遊大とともに豪雪の松之山で6日間を過ごし、今年3月は次男照喜と5日間、今では三男四男が「ハヤク、トベサンノトコニイキタ~イ」と連呼の日々。まぁ息子たちは、思う存分の雪遊び、薪ストーブや七輪の火、たくましくも優しい戸邊家の子ども達、と至福の日々であったので当たり前だろう。しかし、僕としてはこれだけの素敵な出会いに「ご飯がおいしい!」と喜んでいるだけでいいのかしらという気持ちがあり、先日、戸邊さんに訊ねてみた。「今度は僕たちに労働させてもらえませんか」、都会っ子の気まぐれなのはわかっているつもりなのでかなりドキドキしたが、戸邊さんの答えは「いいですよ」。ただし「子どもはまだ働かせない方がいい、仕事が嫌いになっては良くないから」。
かくして、6月の田植えあたりから、戸邊家の暮らしを体験させていただくことになった。草取り、稲刈り、餅つき、雪掘り、自給自足を目指す暮らし、そして遊び・・・。年数回、それも2~3日ずつの体験で得られるものはわずかなのかもしれないが、気持ちの昂ぶりはすでに始まっている。

自然育児友の会会報2007.8月号 「戸邊さんに学びたい! 其の二・決意の田植え/文・橋本和典」を引用
限りなく原点回帰してオレは「労働」するのだ! そしてこれを境に人間らしく正しい男として生きていくのだ! というほどの意気込みで乗り込んだ6/8夜の上越新幹線。僕の「男っぷり」を見届ける証人役である我が息子達、遊大、照喜、泰矢は、しかしそんな僕の悲壮なまでの(でもないか)緊張感などまったく意に介さず、新幹線初乗車の興奮と、戸邊さんの田んぼでの未知なる生き物との出会いの期待感にテンションは上がりっぱなし。さてさてどうなることやら・・・。
戸邊さんは米どころ新潟でも特に旨い米が採れる松之山で、さらに完全無農薬、無肥料の自然栽培を動力機械を使わずに行う。今回の滞在においては、田植えも行われたのだが、最初の僕の仕事は苗取り。直接田んぼで育てた苗から、育ちの良いものだけを取り田植えすることにより収率をあげている。手を泥に差し入れるとなんとも気持ちが良くて、体の毒とか疲れとかが抜けていくような感じだ(のんびり気持ちよくなっていちゃいかんのだろうけど)。戸邊さんと、すっかり一人前の中三達輝クン中三は木製の道具(名前を聞き忘れてしまった)を押して田んぼの泥をならしている。力仕事だ。エンジン音は皆無、キューバやタイで見た農風景を思い出した。橋本家のチビたちは、田んぼの周りで「ゆうたぁ~、タイコウチ、ゲットォ~」「見ろぉ、アカハライモリだぁ~」と、山間に声をこだまさせる。戸邊家、昭和のガキ大将みたいな康治クン5年生と天真爛漫いつみちゃん2年生がよく面倒を見てくれている。あぁ、やっぱり連れて来て良かった。リアルに空気を感じる。音を、匂いを感じる。東京じゃ煩わしい雨にも感謝。生きているのは人間だけじゃない、と体が感じているはずだ。大人の肉体をフルに使っての労働を目のあたりにしたことも忘れないはずだ。
とまぁ良かった良かった大成功と言いたいところなのだが、密かなる僕のテーマ「男っぷり」の方はからっきし。苗取り以外には田植えを子どもと一緒に一列“体験”しただけで、労働とは恥ずかしくて言えやしない。「泊まり2回だけじゃなくて、戸邊さんのところで1年くらい住みたいね!」と頷きあう子ども達を横目に、僕は次回8月の草取りでのリベンジを誓ったのだった。

自然育児友の会会報2007.10月号 「戸邊さんに学びたい 其の三・なっとらんのは僕/文・橋本和典」を引用
学校生活以来じゃないかという筋肉痛だった。太ももの後ろ側。たった2日、それも合計で2時間程度の作業だったのではないだろうか。原因は自宅に戻ってから判った。これは田んぼに踏み入れた足を引き抜くときに使う筋肉だ。東京の暮らしじゃまず必要ない筋肉だもんなぁ・・・。 2ヶ月前の田植えでロクに働かなかったので「夏の草取りでリベンジ!」と吼えていたのだが完全なる敗北である。戸邊さんのように暮らしていくには、筋肉痛だろうが病気だろうが、黙々と働き続けなければならないのだ。僕はまだスタート地点にも立てていないのであった。
子育てについても、今まで向き合おうとしてこなかった現実を戸邊さんにスパッ、ズバリと指摘された。一番身に沁みたのは、「(橋本家の)子ども達はみんな何かフニャっとしているね」。そうなのだ。畳にちゃんと座っていられず、すぐに足をくずしたり、手を後ろについたり、ひどいときはゴロンと寝転がったり。でも、これはすべて僕の普段の姿。僕がまずフニャフニャを直さねば。当然ながら戸邊ファミリーは大人も子どもも、姿勢がいいし、崩れない。また、「食事は皿がきれいになる最後まで食べるようにしつけなければだめです」。またも返す言葉なし・・・。
ふがいなさに落ち込んでばかりもいられない。体作りのためにどんなことを始めたらいいでしょうかと、アドバイスを仰いだ。「まずは歩くこと。朝起きたら、何も飲ませず食べさせず、荷物を背負わせて5キロか10キロ歩かせるといいですよ。イネも同じで負荷をかけてやったほうが強くなるんです(戸邊さんの田んぼは不耕起です)。そうじゃないと地震でも起こったときに何もできないでしょ」。よし、行動だ。東京に戻ってすぐに、子ども達と早朝の散歩を始めた。子ども達は、せみの抜け殻探しでジグザク寄り道ばかりだし、距離もまだ4km足らずだけど、まぁ、動き出したということで良しとするかぁ。
最近、仕事でフィットネスクラブの撮影をしているという話題になった。「そんなの農業やればたちどころに解消するのに、何故みんなやらないんだろう」と戸邊さん。シンプルに自然に暮らすだけで、自分は健康になり見た目も美しくなり地球の環境も維持する。しかし一方では欲に連動してエネルギーを過剰摂取し、これまたかっこよく見られたいエゴで非生産的にマシンに向かって消費、結果健康にもつながるのではあるけれど、やはり歪んでいるよなぁ。写真から感じて欲しい。56歳になる戸邊さんの肉体は、ミスコン・グランプリの女性より、オリンピックのアスリートより、はるかにリアリティがあると僕には思えるのだ。

自然育児友の会会報2007.12月号 「戸邊さんに学びたい 其の四・正統自然派/文・橋本和典」を引用
毎度のことながら、戸邊家の子ども達の身体能力には目をみはる。今回同行した体育会系の古池香菜さんもしみじみ「いやぁ~、すごいっッス」と脱帽状態。プロレスごっこでは2年生のいつみちゃんのローキックがパシンパシンと実に小気味良い音で腿を捉える。温泉の玄関先での鬼ごっこでは段を跳びあがり、手すりをすり抜け、すんでのところでタッチをかわしていく。戸邊さんが「うちの子たちは、トラックよりも鬼ごっこで逃げたりするときに実力を発揮するんです」と言っていたのに納得。中3の達輝クン、小5の康治くん、2年いつみちゃんまでも腹筋が割れている。まさに自然児。しかし、今は特に体作りのためのトレーニングなどしていない。そこにあるのは限りなくリアリティに満ちた暮らしだけであるといっても過言ではなく、その中心にあるのが米作りだ。子ども達、実によく働く。古池さんも感心していたがスピードがある。
そして今回の訪問で最も目に焼きついたのが、大黒柱である戸邊さんの稲刈り。機械ではなく肉体のみを使って効率の究極を目指している。昔テレビで見たことがある稲刈りのリズムが、ザッ・・ザッ・・ザッ・・だとして、戸邊さんの刈る音はザッザッザッ! 4株刈るのに3秒かからない、そして2握り分8株を束ねてワラで縛るのは5秒もかからない。橋本と古池、100%真剣に手元を凝視するも手の動きを理解できない、手品を見ている気分だ。指・腰・背中が苦痛だった1年目の稲刈り作業から工夫を重ね、疲れず楽しい稲刈りにし、その結果昔のお百姓さんよりトータル作業で5割早いとの事。さらに戸邊さんは災害などの有事に全力が出せるよう、普段は六分の力しか出していないそうだ。ワラでの縛り作業が(多分腰にとっての)休憩時間だという戸邊さんのムダ無い動きは感動モノの美しさ、今年はじめからNHK教育テレビの番組制作ということで、戸邊家の暮らしや米作りを折々で撮影していて来年には放映の運びとなりそうとの事、全国の茶の間で感嘆の声があがるのが楽しみだ。
家族の手だけでおいしいお米を作り、ゆるぎない愛情は心に秘めて厳しく子どもを育て、つつましく謙虚に暮らしていく。とかくストイックに見られ、常人には実践できない生き方と思われそうだが、戸邊さんいわく「ちょっとの我慢と誰でもできる工夫の積み重ね」。そして、その我慢と引き換えに手にすることができる自分たちの、それから子孫たちの幸せは計り知れないのだ。

自然育児友の会会報2008.2月号 「戸邊さんに学びたい 其の五・バトンタッチ/文・橋本和典」を引用
大晦日も迫った12/27の夜明け時、挨拶でもという感じで松之山の戸邊さん宅にお邪魔した。写真家の宮嶋康彦さんが1日早く訪れ、早朝から撮影に出かけていた。宮嶋さんはネット版の日経ビジネス・NBonline上で「地方再生物語」として戸邊さんを連載紹介している。戸邊さんの周辺は最近ますます賑やかだ。それは昨年2月にTV番組「銭型金太郎」で紹介されたというレベルの話ではなく、NBonlineのほかにも、フランスのテレビ局の取材(日本を紹介する番組で世界に向けて発信される)、NHK教育「ETV」の年間取材(2/10に1時間ワクで放送予定)、朝日新聞(1/5)のクローズアップ取材と、メジャー目白押しだ。今年は戸邊さん、ペースを維持するのに結構大変かもなぁ。
今回1泊させていただいて印象に残ったことはといえば、5年生の3学期を迎える四男坊の康治くん。彼は変わり始めている。ここにきて精神面の成長期に入ったという感じだ。「自覚」がでてきたということかもしれない。これまで見てきた2年間でも家の仕事をよく手伝っていたことは間違いないのだが、今回はそこに意志を感じるのだ。皆のくつろぎタイム。スッと立ち上がった彼は土間に下り、黙って薪を割り始める。細めの薪をナタで縦割りすることはこれまでもやっていたけれど、この日は斧を持って直径20cmを超える大物に立ち向かっていた。振り下ろす、やっとカスリ傷。また振り下ろす、1cmとなりにまたカスリ傷、しばし薪を眺めた後、気合を入れてまた振り下ろす、さきほどのカスリ傷に食い込み、わずかに前進。また繰り返す。繰り返す。そのうち、ゴツン、ゴツンという音ばかりさせていた薪から、わずかに「バキッ」という音が聞こえ始めた。と思ったら、次の一振りで亀裂は一気に根元近くまで。斧を寝かせた康治くんは、裂け目に指を差し込んで、渾身の力でこの大物を仕留めた。中3の達輝くんなら一撃だったかもしれない、たしかに力の差はあるのだが、二人は同じ意識の土俵に立ったのだと思う。心なしか兄弟ゲンカの質も変わったようだ。しかしこのやや甘くなった兄弟関係は3月まで。達輝くんは4月から料理人を志し横浜へ。兄は無言でバトンを託すことだろう。そして父親である戸邊さんは、いつもと変わらず、まっすぐに力強く、自分の道を歩き続けていくのだ。

戸邊秀治さんの手記(ご本人の了解を得て原本のまま掲載させていただきました)
2005年 - その1
2005年 - その2
2006年 - その1
2006年 - その2
2007年 - その1
2007年 - その2